『奥の細道』「平泉」

『奥の細道』「平泉」

 

 

使用時期

1年生の最後の方に扱われることの多い作品。これまでの中古から中世までの作品と異なる近世の作品です。文法が変化し、語彙も現代に近づいています。そのため、学校で習った文法を厳格に当てはめることができません。

 

意味が通るように、古典の世界の文法と現代の文法をほどよく取り入れて読み取る必要があります。厳密に理解するのは難しいですが、現代に近づいた分、古文が苦手な人でも読みやすく感じることでしょう。

 

 

本文

 三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり。秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。まづ高館に登れば、北上川、南部より流るる大河なり。衣川は和泉が城を巡りて、高館の下にて大河に落ち入る。泰衡らが旧跡は、衣が関を隔てて南部口をさし固め、えぞを防ぐと見えたり。さても、義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時の草むらとなる。「国破れて山河あり、城春にして草青みたり。」と、笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ。

夏草やつはものどもが夢の跡

卯の花に兼房見ゆる白毛かな  曽良

かねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散り失せて、珠の扉風に破れ、金の柱霜雪に朽ちて、すでに頽廃空虚の草むらとなるべきを、四面新たに囲みて、甍を覆ひて風雨をしのぐ。しばらく千歳のかたみとはなれり。

五月雨の降り残してや光堂

 

 



現代語訳

 

藤原氏三代の栄華も一眠りの短い間の夢であって、平泉館の大門の跡は一里ほど手前にある。秀衡の住んだ館の跡は田や野原となって、金鶏山だけが当時の形を残している。まず高館に登ると、北上川は、南部地方から流れて来る大河である。衣川は和泉が城を巡って、高館の下で北上川に流れ込む。泰衡らの住んだ跡は、衣が関を間に置いて南部地方からの出入り口をしっかりと固め、蝦夷を防ぐと見えている。それにしても、義経は忠義の臣下をえりすぐってこの高館にこもり、勇名も一時の夏草の生い茂る草原となっている。「国都は破壊されてしまったが、山河は以前と変わらずに存在している、町には春が来て、草は青々と生い茂っている。」と口ずさんで、笠を敷いて、時間がたつまで涙を流したことでした。

夏草や……高館に来てみると、夏草が青々と生い茂っているよ。ここは昔、義経主従らが功名を夢見て奮戦した所だ。

卯の花に……白く咲く卯の花を見ていると、その昔ここ高館で主君義経のために白髪をふり乱して奮戦した老将兼房の姿が浮かんでくることよ。                            曽良

以前から評判を聞いて驚いていた二堂が開かれている。経堂は三代の将軍たちの像を今に残し、光堂は三代の棺を納め、阿弥陀如来三尊像を安置している。ちりばめられていた七宝もなくなって、珠玉を飾った扉は風に破れ、金色の柱も霜や雪のために腐って、もう少しで崩れ朽ちて何もない草むらになるはずであったが、四面を新しく囲って、瓦を葺いて風や雨を防いでいる。しばらくのことではあろうが、千年の昔をしのぶ記念となっている。

五月雨の……毎年降り続けてきた五月雨も、この光堂には降るのを遠慮してきたのだろうか。燦然と輝いて昔の栄華をしのばせることだ。

 

 



リンク集

「おくのほそ道」(Wikipedia)

最近のWikipediaは優秀ですね。かなり詳しく載っています。ただ情報量が多く、自分で判断するのは難しいかもしれません。

 

「俳聖松尾芭蕉翁」

松尾芭蕉について詳しく紹介されています。

 

おくのほそ道 ビギナーズ・クラシックス

角川ソフィア文庫です。作品全体の世界観を楽しむことが出来ます。

 

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