『伊勢物語』「東下り」




『伊勢物語』「東下り」

 

 

使用時期

『宇治拾遺物語』『竹取物語』で古文の初心者向きの話を扱い、用言の習得が終わった後に使われることの多い作品。文法としては助動詞が対象となりやすいです。ただし、助動詞の範囲は広いので、この一話で全ての助動詞が対象となることは少ないでしょう。

 

『伊勢物語』はいくつかの話が教科書に取り上げられることが多く、一話ごとに和歌がついているのが特徴と言えます。これは和歌物語の特徴です。そのことも知っておくと良いでしょう。

 

この説明は『伊勢物語』の「芥川」「東下り」「筒井筒」共通です。

 



本文

昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国八橋といふ所に至りぬ。そこを八橋といひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。

 

行き行きて、駿河の国に至りぬ。宇津の山に至りて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、蔦・楓は茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者会ひたり。「かかる道は、いかでかいまする。」と言ふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。

駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり

 

富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。

時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ

 

その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。

なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、

名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

 

 



現代語訳

 

昔、男がいた。その男は、わが身を何の役にも立たないものだと思い込んで、京にはいるまい、東国のほうに住むのによい国を探しに行こうと思って行った。以前から友としている人、一人二人と行った。道を知っている人もなくて、迷いながら行った。三河の国八橋という所に着いた。そこを八橋といったのは、水の流れる川がクモの足のように分かれていたので、橋を八つ渡してあるのにちなんで、八橋といった。その沢のほとりの木の陰に馬から下りて座って、乾飯を食べた。その沢にかきつばたがたいそう美しく咲いている。その花を見て、ある人が言うには、「かきつばたという五文字を和歌の各句の頭に置いて、旅の思いをよめ。」と言ったので、よんだ(歌)。

唐衣……馴れ親しんだ妻が都にいるので、遥々やって来た旅をしみじみと思うことだよ。

とよんだので、一行の人はみな、乾飯の上に涙を落として、乾飯はその涙でふやけてしまった。

どんどん進んで行って、駿河の国に着いた。宇津の山に着いて、自分が分け入ろうとする道は、とても暗く細い上に、蔦や楓が茂り、何となく心細く、思いがけないつらいめにあうことよと思っていると、修行者と偶然に出会った。「このようなさびしい道を、どうしていらっしゃるのか。」と言う人を見ると、見知った人であった。京に、誰それという人の元にということで、手紙を書いてこの修行者にことづける。

駿河なる……駿河の国にある宇津の山辺の「うつ」という名のように、現実にも夢の中でもあなたに会わないことだよ。

富士の山を見ると、五月の末に、雪がとても白く降り積もっている。

時知らぬ……季節をわきまえない山は、この富士の山だ。(今を)いつだと思って、鹿の子まだらに雪が降り積もっているのだろうか。

その富士山は、この京の地にたとえるなら、比叡山を二十ほど重ね上げたような大きさで、形は塩尻のようであった。

さらにどんどん進んで行って、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう大きな川がある。それを隅田川という。その川のほとりに一行の者が集まって座って、(旅に出てからのことや都のことに)思いをはせると、途方もなく遠くまでもやって来たものだなあと心細さを嘆き合っていると、渡し守が、「早く舟に乗れ。日も暮れてしまう。」と言うので、乗って渡ろうとするのだが、一行の人々はみな何となくつらくて、京に恋しい人がいないわけでもない。ちょうどそのとき、白い鳥で、くちばしと脚とが赤い、鴫くらいの大きさの鳥が、水の上で遊泳しては、魚を食べる。京では見かけない鳥なので、みな見てもわからない。渡し守に聞いたところ、「これが都鳥だ。」と言うのを聞いて、

名にし負はば……都という言葉を名として持っているのなら(都のことはよく知っているだろうから)、さあ尋ねよう、都鳥よ、私の恋しい人は無事でいるかどうかと。

とよんだので、舟の中の人はみなそろって泣いてしまった。

 

 



定期テスト対策問題

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『伊勢物語』「東下り」の練習問題を作りました!

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文法問題

用言の復習と助動詞の問題を入れています。古典文法の一つ目の山場である助動詞を習い終わっているのであれば、すっと解けるようにしておきたいところです。

 

06a伊勢物語東下り文法

 

 

読解問題

色々と聞きたいポイントの多い作品です。現代語訳出来た方が良いところはできるだけ入れました。あとは、物語上理解しておいて欲しいところとよく聞かれるポイントを混ぜ込んでおきました。

 

06b伊勢物語東下り読解

 

 



リンク

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Wikipedia 伊勢物語

文学史としての情報や概要を知りたい人向け

 

伊勢物語ワールド

伊勢物語の全体を知りたい人向け。内容について詳しく考察されています。現代語訳もあるので、予習に使いやすいと思います。

 

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