『十訓抄』「祭主三位輔親の侍」




『十訓抄』「祭主三位輔親の侍」

 

 

使用時期

高校1年生の教科書に載っている話。説話集のまとまりの一つとして扱われます。

 

『十訓抄』の編者は未詳です。年少者の啓蒙を目的に編纂されています。十の教訓に分類している作品です。

 

文法としては、助動詞が終了し、敬語の単元となっているが、そこまで行かないことが多く、助動詞の続きをメインにしながら、少し敬語を扱う程度。物語系を重視する場合、扱われないことが多いです。

 

 

本文

七条の南、室町の東一町は、祭主三位輔親が家なり。丹後の天橋立をまねびて、池の中島をはるかにさし出だして、小松を長く植ゑなどしたりけり。寝殿の南の廂をば、月の光入れんとて、鎖さざりけり。

春の初め、軒近き梅が枝に、鶯の、定まりて巳の時ばかり来て鳴きけるを、ありがたく思ひて、それを愛するほかのことなかりけり。時の歌よみどもに、「かかることこそはべれ。」と告げめぐらして、「明日の辰の時ばかりに渡りて、聞かせたまへ。」と触れ回して、伊勢武者の宿直してありけるに、「かかることのあるぞ。人々渡りて、聞かんずるに、あなかしこ、鶯打ちなんどして、やるな。」と言ひければ、この男、「なじかはつかはし候はん。」と言ふ。輔親、「とく夜の明けよかし。」と待ち明かして、いつしか起きて、寝殿の南面を取りしつらひて、営みゐたり。

辰の時ばかりに、時の歌よみども集まり来て、今や鶯鳴くと、うめきすめきし合ひたるに、先々は巳の時ばかり必ず鳴くが、午の時の下がりまで見えねば、いかならんと思ひて、この男を呼びて、「いかに、鶯のまだ見えぬは。今朝はいまだ来ざりつるか。」と問へば、「鶯のやつは、先々よりもとく参りてはべりつるを、帰りげに候ひつる間、召しとどめて。」と言ふ。「召しとどむとは、いかん。」と問へば、「取りて参らん。」とて立ちぬ。

心も得ぬことかなと思ふほどに、木の枝に鶯を結ひつけて持て来たれり。おほかたあさましとも言ふばかりなし。「こは、いかにかくはしたるぞ。」と問へば、「昨日の仰せに、鶯やるなと候ひしかば、言ふかひなく逃がし候ひなば、弓矢取る身に心憂くて、神頭をはげて、射落としてはべり。」と申しければ、輔親も居集まれる人々も、あさましと思ひて、この男の顔を見れば、脇かいとりて、息まへ、ひざまづきたり。祭主、「とく立ちね。」と言ひけり。人々をかしかりけれども、この男のけしきに恐れて、え笑はず。一人立ち、二人立ちて、みな帰りにけり。興さむるなどは、こともおろかなり。

 



現代語訳

 

七条大路の南、室町小路の東の一町は、祭主三位輔親の家である。丹後の天橋立をまねて、池の中島を長く突き出して、小松を長く植えなどしていた。寝殿の南の廂の間は、月の光を入れようと、格子を下ろさなかった。

春の初め、軒端近い梅の枝に、鶯が、決まって午前十時ごろにやって来て鳴いたのを、輔親は珍しいことと思って、それを愛してほかのことには目もくれなかった。当時の名のある歌人たちに、「こういうことがございます。」と知らせ回って、「明日の朝八時ごろに来て、お聞きください。」と広く伝えて、伊勢出身の武士で宿直していた者に、「こういうことがあるぞ。人々がやって来て、聞くつもりなので、決して、鶯をたたいたりして、逃がすな。」と言ったところ、この男は、「どうして鶯を追いやったりしましょうか。逃がしはしません。」と言う。輔親は、「早く夜が明けろよ。」とそのときを待って夜を明かして、早々と起き出して、寝殿の南の間をきれいに整えて、準備していた。

午前八時ごろに、当時の歌人たちが集まって来て、今にも鶯が鳴くかと、みなで歌を呻吟し合っていたところ、いつもは午前十時ごろに必ず鳴く鶯が、今朝は正午過ぎまで姿を見せないので、輔親はどうしたのだろうと思って、この(昨日命令を下した)男を呼んで、「どうしたことだ、鶯がまだ姿を見せないのは。今朝はまだ来ていなかったか。」と尋ねたところ、「鶯のやつは、いつもよりも早く参っておりましたが、今にも帰りそうにしていましたので、召し捕らえてあります。」と答える。「召し捕らえるとは、どういうことだ。」と尋ねると、「取って参りましょう。」と言って立って行った。

輔親がよく分からないことだなあと思っているうちに、その男が木の枝に鶯を結びつけて持って来た。全くあきれたことだと言っても言いようがないぐらいである。「これは、どうしてこのようにしたのだ。」と尋ねると、「昨日のご命令に、鶯を逃がすなとございましたので、ふがいなく逃がしてしまいましたら、弓矢取る武士の身として情けないので、神頭の矢をつがえて、射落としたのでございます。」と申したので、輔親も集まっていた人たちも、あきれたことだと思って、この男の顔を見ると、脇をかいて、勢い込み、ひざまずいている。祭主〔輔親〕は、「早く立ち去ってしまえ。」と言った。人々は滑稽に思ったが、この男の意気込んだ様子に恐れをなして、笑うこともできない。一人立ち、二人立ちして、みんな帰ってしまった。興ざめだなどという程度では、とても言い尽くせない。

 



 

『十訓抄』定期テスト対策!

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『十訓抄』「祭主三位輔親の侍」の定期テスト対策問題を作りました。

文法問題と読解問題に分けています。基本的な問題を中心に作成しています。

 

文法問題

助動詞を中心に問題を作成しました。敬語問題についても少しだけ取り入れて練習できるようにしました。

 

15a十訓抄「祭主三位輔親の侍」(文法)

 

読解問題

単語を訳す問題を多めにしてみました。心情・評価を表す言葉には注意を払いましょう。

 

15b十訓抄「祭主三位輔親の侍」(読解)

 

リンク集

十訓抄

(Wikipedia)

全体的な概要を知りたい人向けです。

 

十訓抄とは

(コトバンク)

色々な辞書の説明を見ることができます。

 

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