勉強法! 東大生ってどうしてたの?
勉強法! 東大生ってどうしてたの?

東大生ってすごいよね。同じ人間だとは思えない。きっと天才なんだろうな。

確かに天才だなって思う人もいるけど、東大に行った人は、人一倍努力する人が多かったよ。

努力でなんとかなるものなんですか?

そうだね。努力をしているんだけど、努力って思っていないのも特徴だったな。当たり前だと思うレベルが高いって感じだね。

当たり前のレベル・・・・・・そういう差ってどうやったら分かるのですか?

いろんなタイプの人を教えていると分かってくるよ。成績が良い人、そうで無い人は当たり前の基準が違うよ。

その積み重ねが表れるんですね。

その通り。だけど、「学校の勉強が出来る=すごい人」ではないと思うんだ。ただ、彼らは学習指導要領の内容に則ったゲームの中では優秀であることには変わりないね。

今からでも成れますか?

いきなり東大に行けるとは言えないけど、ゲームのプレイの仕方が上手い人の真似はできるよね。

たしかに。真似できるところはあるかもしれないです。

では、ノートについてちょっと見ていきましょうか。東大生のノートはどんな感じだったのか、ご紹介しましょう。
(※本記事はノートの取り方を研究していたときの情報を元に作成しました。東大生のノートは『東大合格生の秘密の「勝負ノート」』を参考にしました。それ以外にもノート術の本、小学生のノートの取り方の本などを参考し、総合して書いています。)
勉強法 東大生のノートはどんなもの?
一時期、「東大生のノートは美しい」というのが流行りました。これを世間では、「ノートをキレイに取っている」と解釈され、字が綺麗だとか、色をキレイに使い分けて書いているという風に思われていました。そして、そうすることがいいのだと言うことで、ノートをキレイに取ることが奨励されました。
しかし、これは言葉だけをとらえた勘違いです。東大生になった高校生のノートを見ましたが、本当に色々です。字は読める程度が多いです。単色(えんぴつ一本)もそれなりにいますし、色分けは黒と赤、黒と青といった二色の人が多かったです。色をたくさん使っている人でも「三色」です。
では、美しいとはどういうことなのか。嘘だったのか。そんな風に思われましたが、「美しい」の定義が違うんですよね。「美しい」というのは、「見返せば内容が分かる」という意味です。数学の計算式の「美しさ」って聞いたことがありますか?余計な計算が無く、最小限の計算で導き出されている式が美しいのです。カラフルに丁寧な字で書いたものが美しいというわけではないのです。
冒頭でも挙げました『東大合格生の秘密の「勝負ノート」』を読んで見ましたが、それほどカラフルでも無いですし、字もうまいとは言えない人のがたくさんあります。しかし、皆共通して言えるのは、内容が見るだけで分かるということです。
勝負ノートということで、授業の板書だけではなく、問題集を解いた内容のものもあります。それでもやはり分かりやすいのです。必要なことや弱点がはっきりとしていて、見直せばかなりの復習効果があるように作られているのです。そういうノートが美しいと言えるわけですね。
実際に書籍に取り上げられているノートを掲載することはできませんが、一度見てもらえれば分かると思います。それに、1枚だけ取り上げることができません。それぞれの教科に、それぞれの人の数だけ分かりやすいノートになっています。
これは、個人個人が自分にとって合う方法を見つけないといけません。だから、真似をすると言うよりも、方法を真似しましょう。自分にとって分かりやすいノートを取る練習をするのです。

ノートは自分に合った方法を探さないといけないんですね。これってノートを取りながら見つけていかないといけませんね。勉強しているかどうかはノートを見れば分かる・・・・・・というのも分かりますね。
勉強法 東大生のノートの使い方
東大生のノートを見てみると分かりますが、基本的には「自分にとって有効な」ノートです。よくノートが雑というか、汚いというか、下手な人は「自分が読めれば良い」と言い訳をしてノートしています。私の友達にもいましたが、実際に「ここなんて書いているの?」って聞くと、本人も読めないということが多々ありました。「自分ですら読めない」ノートなんて、もはや落書き帳です。
東大生の勝負ノートにはある法則があるようです。授業で聞いた内容を、テスト勉強に活かせるようになっています。テスト勉強のために改めてノートを作り直すことでは無いです。そのまま使えるようになっているのです。
そのままテスト勉強に使ったノートですが、進化するのはここからです。テストを実際に受けて、出来なかったところを集めたノートを作るのです。弱点復習用のノートです。それをこなしていって、また問題に挑戦するわけですね。出来ていればいいですが、出来なければ、またその問題を書き写して(写す量が多いときは、コピーして貼っています)、勉強し直してノートを完成させていくのです。
授業用ノート(テスト勉強が出来る用に)→弱点復習ノート→さらに弱点復習・・・・・・という感じですね。出来ない問題を中心に作っていく形です。ここまでくれば分かると思いますが、どんなノートが正解か・・・・・・なんてことに答えなんて無いんです。それぞれが出来ないことを中心にノート作りできればそれが正解なのです。

黒板を写しただけのノートは、キレイに取っていてもダメなんだな。自分にとって成果に繋がるノートが正解なんだ。
さいごに
東大生のノートの取り方から、ノートの正解は、「自分の弱点を克服できるノート」であることが分かってきました。そのノートのあり方は十人十色です。人の数だけあるということになりますね。
正解は一つではありませんが、駄目な例はあります。「黒板を写しただけのノート」「定期テスト対策のできないノート」「自分ですら読めないノート」など、こういうのは良くないってことが分かりました。みなさんはそんなノートになっていませんか?ダメノートにならないように注意しましょう。
私はノートの取り方は状況によって様々であっていいと思います。しかし、共通して言えるのは、後で見返して、話の内容が分かるようになっているノートです。見返しても何か分からないのはよくありません。1年後、5年後の自分が見てもわかるようになっていればいいと思います。
私はノート一冊法です。雑記帳を作っていました。授業用のノートも作りますが、それは記録帳です。どこまで進んだかと、何をするかだけを書いてあります。だから、私の授業用ノートを生徒が見ても分かりません。よく言われるのが、「どうしてあのノートからこんな板書ができるのか」と言われました。それは頭の中に入っていることは書かず、忘れそうなことだけ書いていたからです。そんなノートの使い方をしています。